手話はいろんな人が使っても良いと思う

台風すごかったですね。
しゅわ教室はお休みで、家で録り貯めた録画番組を見ました。
Eテレの「みんなの手話」を良く見ますが、
その前にやってる「バリバラ」もたまに見ます。

「場面緘黙」という障がいを、はじめて知りました。
話したくても話せないという障がいです。
スタッフや司会者から質問されても、たくさんの間(ま)があって、
答えることができたり、、答えられなかったり、、
人によって色々です。

筆談やアプリの音声機能を使ってる人も居ました。

言葉として答えるまでに時間がかかって、
でも何か答えようとしていて、
この長い間(ま)のあいだに、
いろいろなことと闘っていることが想像できました。
言葉を発するまでの、まばたきや喉の動き・頷きなどをじっと見ていると、
だんだんとその表情がとても魅力的に見えてきました。

やっと言葉の答えが導き出たときには、
花が咲いたみたいな喜びがありました。

私はつい、
手話を使えたら、声より楽にはなせるのかなぁ、と
そんな考えが頭に浮かぶのです。

osuに聞いても、
そんなことはないよ、と言われますが、、
声の言葉に行くまでの、ステップのひとつになれたらいいよなぁ、、と妄想は膨らむばかりです。

ろう者の言語である「手話」ですが、
いろんな人が使って、楽しんで、新しい世界に行く扉のひとつになれば、、素敵だなあと思います。

tomo

コメントを残す