tomoが手話の扉を開けたキッカケ

私は幼い頃からバレエを踊っていたから、表現のツールとして、絵や文章の他に、「踊り」という手段を知っていました。

人前で、身体を動かして表現することに、あまり違和感や抵抗を感じません。
 

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それに、美しい動きをしているものは、桜の花びらであれ猫の伸びであれ、自ずと目がいってしまう。
 
素敵なムービングをみると、私は無意識に、踊りの表現のための栄養にしているようです。
 
 
手話で会話する人を見てしまう。
世間では、あまりジッと見てはいけません!という見えない決まりがあるらしいが、
手話の手の動きは、やっぱり美しい動きなので、目がいってしまう。。。
 
私の目線は、踊りフィルターを通して見るので、手話はダンスにしか見えませんでした。
 
もし、あのダンスの方法を覚えたならば、私のダンス言語はもっと豊かになり、表現の幅が広がるのではないか、、いや、きっと広がるに違いない!
 
と、思ったのが、tomoが手話の扉を開けるキッカケなのでした。
 
ダンスのネタにするために、手話を習得したい、、なんて、手話を日常に使う人に対して失礼かも、、と最初は思いましたが、
 
それは私の思い込みで、ろう者たちはキッカケは何であれ、手話に興味を持ってくれること自体が喜びだってこと、
 
後々になって分かりました。。
 
 
わたしは、
手話を習って聴覚障害者と交流したい!
困っているろう者がいたら助けたいから手話を習いたい!
というボランティア精神は、まったくありませんでした。
 
そもそもそんな思いがないと、手話を勉強してはいけないってこと自体、
今思えば、私の思い込みなんですが……。
 
 
でも、そのときはそんなことわからないし、
ボランティア精神満々に思われたら嫌だと思って、予防線はっていました。
いやぁー私ダンスのネタで手話に興味あるだけですからぁ、そんなガッツリ手話学びたいわけ違いますからぁ、、、
みたいに、逃げ腰で手話の扉をトントンとノックしたのが最初でした。
 
 
このときの私のように、手話を、ちょびっとだけ、やってみても良いかなーって、興味・好奇心がある人は、まんまるしゅわ教室にきてください。
 
やっぱり面白くないって思ったら、他の方法もあるかもしれません。
 
ガッツリやる気まんまんで手話やるぞー!って人が、意外とすぐ飽きたり、
私みたいに、ちょこっとかじる程度学べたら良いんですって人が、けっこうハマったり、
いやぁー手話なんて無理無理ーっていう人が手話のセンスがあってスルスル上手になったり、、色々です。
 
何事も、
そんなに気負わずに、えいままよっと扉を開けてみることが、まず一歩ですね★
 
 
tomo
 
 

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