「知らなくて、見たことある」と「知っていて、やっている」は客席と役者?!

電車の中にて、ろう者の高校生の男の子2人が、めまぐるしいスピードの手話の会話していました。
ついチラチラと見てしまう。
読み取りの勉強だとおもって会話を見ると、チラ見のはずが、ガン見になってしまう。。


あ、失礼だよな、、と思い直して視線をそらす。
でも気になる。
「大学」「センター入試」「英語」、、、
断片だけ読み取れた。2人は高校三年生かな。
受験の話をしているようだ。

手話で楽しそうに会話している人を見ると、とても気になりますよねー。

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私が手話を知らなかった頃は、何を話しているのかなー手話キレイやなー
くらいの気持ちで見てたけど、手話の勉強はじめてからは、まず手話している人を見つけると、理由もなく嬉しくなってしまう、そして内容読み取れるかなーという気持ちになる。

そのあと、「私は手話少し出来ます」と話しかけたくなってしまい、会話したくなるときもあります。

でも、用もないのに話しかけるのは変だし、
もし話しかけても相手にしたら「へぇーそれで?」と言われたら、答えに詰まるし、めちゃくちゃ速いスピードとかわからない手話てんこ盛りで返事されても困るし、、とか色々考えて、チラ見しつつのガン見を続けてしまうのです。

よくドラマとかでろう者の子どもが、手話してるのを他の人から見られて、その子どもが恥ずかしくなって手を引っ込めるシーンを思い出す。
だから、実際に街で手話してる人をまじまじと見たらあかんのかなって気になる。

私の場合、
日常で手話で会話するとき、人の目が気になって手話をやめたり小さく動かしたりするかどうか、、と思い返せばそんなことは殆どないです。
osuがそうだから、私も手話に対してポジティブな印象となり、堂々と手話で話しているのかもしれません。

でも、手話は昔は禁止されてたり、暗い影のある歴史を持っているし、まだまだ認知度は低いから、手話を隠したり恥ずかしがったりする人も多いのだろうな。

私は、1年前まで手話を「知らなくて」「見る」人、だったけど、
この一年間で手話を「知っていて」「する」人、になりました。

この二つの違いは舞台の客席と役者くらいの差があるなぁと思います。
同じ空間にいるのに、こちらとあちらでは随分と違う感覚です。

まだまだ「見る」人の価値観も残しつつ
「する」人としての、新たな発見と試行錯誤を続けて、手話と向き合っていきたいです。

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